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音韻 |
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以下ハングルの古語が多くあらわれるため,ご覧になるにはNew Gulimフォントが必要です.
また,口蓋音化については分量が多いので他の音韻変化と分けてあります.
| 口蓋音化について | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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口蓋音化とは非口蓋音が[i,y]の前で口蓋音と同化する現象を言う.k口蓋音化とh口蓋音化は主に方言で見られる現象である.これら口蓋音化は歴史的に見る時,t,k,h口蓋音化の順に起こったと見られる.口蓋音化は子音体系全体との関連から考えなくてはならない現象である.
以下で,t口蓋音化,k口蓋音化,h口蓋音化にわけて記述する.
口蓋音化と通称されて来た「ㄷ>ㅈ」([i,y]の前で)の変化は「ㅈ」が口蓋音であることが前提となる.中期朝鮮語で「ㅈ」は現代朝鮮語のそれとは異なり,口蓋音[t∫]ではなく,[ts]であり,訓民正音でも「ㅈ,ㅊ」が「ㅅ」と同じく「歯音」と規定されている.また,≪四聲通解≫(1517年)に載っている「四聲通攷凡例」にもそれに関連した記述がある.
ここで見られるように「四聲通攷凡例」ではㅅㅈㅊを歯頭音(歯音)と整歯音(巻舌音)の間であると規定したており,「ㅈ」は歯茎音であったと推定できる.また,現代の西北方言(平安道)では「ㅈ」は歯茎音[ts][dz]であり,[i,y]の前でも口蓋音化せず発音される. 中期朝鮮語では「ㅈ,ㅊ」の後ろ「ㅏ」と「ㅑ」,「ㅓ」と「ㅕ」等の対立が厳格に守られていた.この対立は「ㅈ,ㅊ」が歯茎音でなければ成立しないものである.口蓋音化も全ての環境で同時に起こったのではなく,「ㅈ」は[i,y]の前で[t∫],その他の母音の前では[ts]と発音された時期があったものと考えられている.宋敏(1986:74)によればこれら口蓋音化は高母音「ㅣ」よりも口蓋性転移音[y]の前でまず異音的交替を見せ始めたと考えられている.(一般的に口蓋位置では破擦音が破裂音よりより自然であるため.)このことについて≪諺文志≫(1824年)に次のような記述がある.
この記述からその時代(柳僖:1773-1837)に西北方言のみが口蓋音化をしていなかった事実が指摘されていることがわかる.また,上記の記述に続き以下のような記述がある.
ここで鄭氏とは≪晝永編≫の著者であり柳僖の師匠である鄭東愈(1744-1808)を指す.彼の高祖(祖父の祖父)生存時は17世紀中葉前後になると考えられる.この証言によればそれまでは口蓋音化は起こっていなかったことになる.17世紀後半または18世紀に起こったものと推測される.ただ,随意的変異としてのㅈ口蓋音化は15世紀に遡れる可能性もあり,≪飜訳小学≫(1518年)で「시졀」と「시절」が混記を見せていることが宋敏(1986:73)で指摘されている. 中期朝鮮語で歯茎音[ts]であった「ㅈ」がいつどのように口蓋音[t∫]へ変化したかについて李基文(1972:68)は以下のような仮説を立てている.
【実際の例】
これらの例から李基文(1972)は口蓋音化が既に完成していたのではないかと推測している. ≪五倫行實圖≫に見られる逆表記
東南方言および西南方言では「ㄷ>ㅈ」口蓋音化の年代は17世紀以前に遡るものと考えられる.全羅道松広寺で刊行された≪野雲自警≫,≪發心修行章≫,≪誡初心學人文≫は部分的に西南方言を反映しているが,この本には口蓋音化を見せる例が存在する.
慶尚道で刊行された杜詩諺解重刊本について安秉禧(1957)は以下のように言っている. 1632年に刊行された重刊杜詩諺解にはt口蓋音化が完遂した痕跡が見られる.しかし,これは(中略)重刊本が刊行された慶尚道方言にあらわれた現象である.そのためt口蓋音化は杜詩諺解の初刊本(1481年)から重刊本まで150年間に完遂したと言える.京畿方言の口蓋音化は柳僖の証言と老乞大諺解等から見て,17世紀中期ないし末期までには起こっていなかっただろう.[安秉禧(1957:339-340)] 中央語については15世紀資料にも次のような例が見られる.
しかし,これらの例は純粋な口蓋音化資料と認定しづらい.その理由は이명규(2000:71-72)によれば以下のようである.
t口蓋音化の文献出現時期は16世紀中葉からである.16世紀初の若干の疑問点のある例を除けば,南部方言では16世紀中葉を過ぎ,仏経類文献の漢字語で確認できる.南部の刊行物である≪新増類合≫にもあらわれている.17世紀初には中央資料の≪痘瘡集要≫をはじめとして≪東醫寶鑑≫等で初期段階を見せ,南部資料では上述の通り≪重刊杜詩諺解≫及び≪勧念要録≫で少し発展した姿を見せ,17世紀末までに広い分布を見せるようになる.18世紀に入ると中央と地方の格差は中央の加速化した発展によりなくなり,完成段階にいたることとなる.従って総合的に見る時,17世紀が萌芽と初期段階であるとすれば,18世紀は発展, 完成段階になるだと言える.[이명규(2000:246)] 16世紀中央資料では以下のような例が見られる.
t口蓋音化は中央語では18世紀中期にはどのような環境でも起こるようになる.洪允杓(1985
k口蓋音化は≪村家救急方≫(1571-1573年)にはじめてあらわれ≪彌陀懺略超≫(1704年)の「念佛普勧文」(慶尚道醴泉,竜門寺刊),≪玄氏行跡≫(1776年,慶尚道陜川,海印寺刊),≪臨終正念訣≫(1741年,慶尚道,修道寺刊)等にあらわれ,19世紀文献では度々発見される.[洪允杓(1985:151)]
h口蓋音化は≪四法語録≫(1577年 松広寺刊行),≪捷解新語≫,≪漢清文鑑≫,≪譯語類解≫,≪彌陀懺略超≫の「玄氏行跡」,≪蒙語類解≫,≪同文類解≫等にあらわれる. [洪允杓(1985:151)]
k口蓋音化とh口蓋音化はすべて語頭音節の語幹形態素でのみ実現している.また文献から見て方言を反映している文献でのみ見られるが,特にk口蓋音化とh口蓋音化が16世紀末にあらわれ始め18世紀中期には方言で非常に一般化してあらわれるもとの見られる. |
| その他の音韻変化について | ||||||
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円唇母音化とは母音「ㅡ」が唇音(labial)「ㅁ,ㅂ,ㅍ,ㅽ」の後ろで「ㅜ」に変化する現象を言う.17世紀前半からあらわれ始め,17世紀後半から18世紀の文獻でかなり頻繁に見られる.
「・」は非語頭音節で15世紀から16世紀の間に第一段階の変化が起こった.第二段階の変化は17世紀に語頭音節で部分的にあらわれるが,変化が広範囲にあらわれるのは18世紀中盤以後のことと考えられている.[전광현(1997:38)参照] 宋敏(1986:135)はアレア非音韻化の拡散過程を鼻音性(Nasal),舌端性(coronal),粗擦性(strident)の資質と関連付け説明しようとした.下のaからeは宋敏(1986)が提示したものである. 宋敏(1986)は前期近代朝鮮語では下のCの段階までアレアの非音韻化が拡散していたものと見ている.
アレアは第一音節ではㅏに,第2音節以降ではㅡにかわった場合が多いが(oD치다>가르치다,나o내>나그네,o마니>가마니,다>차다,며>믈며 など),それ以外の母音に変化したものもある.
中期朝鮮語では平音であったものが硬音(濃音)になるという変化を硬音化と言う.硬音化は16・17世紀に主に用言の語頭で起こった.田光鉉(1971:48)によれば16・17世紀に語頭で硬音化が起こった用言には次のものがある.
次に18世紀資料にあらわれた用言語頭の硬音化の例を見てみる.≪伍倫全備諺解≫(1721年),≪綸音諺解≫(18世紀末),≪隣語大方≫(1790年,朝鮮刊本)には以下のような例があらわれている.≪隣語大方≫にあらわれた例は下の例がすべて である.
名詞の硬音化については,田光鉉(1978:19,20)が「名詞の硬音化は(곶,불휘)は単独で使われた例をさがすのが難しく,18世紀初とは関係がないようであり,むしろ18世紀後半から始まった状態にあったのではないかと考えられる」としている.≪隣語大方≫では名詞の硬音化は見 られず,16世紀の文献ですでに硬音化した例が見られる名詞も「곧치(2,4a)」のように平音であらわれている.16世紀から18世紀にあらわれた硬音化した「,」の例には次のようなものがある. (ただし属格のㅅを含むものもあり)
激音化とは元来平音であった初声が激音に変化する現象を言う.主に体言の語頭音節で起こった .16世紀には主に以下のものによく見られる.
これらは17世紀にも多くあらわれ,激音化の完成段階にあり,一般化していたものと思われる.上の語では末音に「ㅎ」を持つものであるため,激音化の原因をㅎの逆行同化と見る見解もあった.しかし,닷>탓のような例も見られるため,この現象に対する音韻論的解釈は非常に難しい.時代的に見ると,15世紀末『救急簡易方』(1489年)に「ォO 마자 손과 왜」(1:29a)のような例があらわれ,16世紀にかけて末音にㅎを持つ語で激音化が見られる.そして,17世紀には末音にㅎを持たない語でも激音化が形成した.
現代朝鮮語では語頭の「ㄴ,ㄹ」が「i,y」の前で脱落するという現象がある(ただし,北朝鮮では表記する).これは近代朝鮮語の時期に起こった現象である.「ㄴ」脱落も口蓋音化と関連した現象であるといえるが,ソウルではこの脱落は「ㄷ>ㅈ」変化より少し遅く起こったものと思われている.学者によってその変化が起こった年代については差があるが,おおよそ18世紀後半に起こり,18世紀中には完了していたと考えられている. 18世紀後半の文献にあらわれた例 [田光鉉(1971)より]
中期朝鮮語で「졈다,읖다,넙다」のように終声に唇音を持つものが,近代朝鮮語の時期にその終声に「ㄹ」が添加されそれぞれ「졃다,읊다,넓다」のような終声を持つ語に変化した.変化の時期ははっきりとしていないが,「졈다」の場合は17世紀の文献にも例が見られる.
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[最終更新日時:2006/05/23 21:51:27]